東京地方裁判所 平成12年(ヨ)22140号 決定 2000年12月12日
②事件
債権者
株式会社インターナショナルサイエンティフィック
右代表者代表取締役
臼井龍夫
右代理人弁護士
山田正彦
同
平賀睦夫
同
川村篤史
同
寒河江孝允
同
武藤元
右補佐人弁理士
萩原誠
債務者
ゼロ株式会社
右代表者代表取締役
西久保愼一
右代理人弁護士
日野修男
主文
一 本件申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一 事案の概要
債権者は、インターネット接続サービス事業の用に供するシステムを使用する債務者の行為は、債権者の有する特許権を侵害するとして、同システムの使用の差止め及び執行官保管を求めた。
一 前提となる事実(争いない事実及び審尋の全趣旨により認められる事実)
1 債権者の特許権
債権者は、以下の特許権(以下「本件特許権」といい、右特許権に係る発明を「本件発明」という。)を有している。
(一) 発明の名称 インターネットの時限利用課金システム
(二) 出願日 平成八年七月一一日
(三) 出願番号 特願平八―二〇一一六六
(四) 登録日 平成一一年六月一八日
(五) 登録番号 第二九三九七二三号
(六) 特許請求の範囲 別紙特許公報写しの該当欄記載のとおり
このうち、請求項一は以下のとおりである。
クライアントにインターネットとの接続サービスを提供するターミナルサーバと、該ターミナルサーバからの指示によりクライアントから入力された個別情報に基づいてインターネットとの接続可否を確認する認証サーバと、該認証サーバに連動し各クライアントの個別情報及び予め設定された利用可能な時間を示す接続度数から構成される認証データを各クライアント毎に一つのレコード単位として管理する拡張認証データベースを各レコード単位毎に有する認証データベースと、該拡張認証データベースに連動し各クライアントの接続利用時間に合わせて接続料金を計算して接続度数を逐次更新する課金サーバとを備え、該拡張認証データベースで管理されるクライアントの接続度数が〇になるまでの間に限りインターネットの接続サービスを提供してなることを特徴とするインターネットの時限利用課金システム
2 本件発明の構成要件
(A)クライアントにインターネットとの接続サービスを提供するターミナルサーバを備えること
(B)前記ターミナルサーバからの指示によりクライアントから入力された個別情報に基づいてインターネットとの接続可否を確認する認証サーバを備えること
(C)前記認証サーバに連動し各クライアントの個別情報及び予め設定された利用可能な時間を示す接続度数から構成される認証データを各クライアント毎に一つのレコード単位として管理する拡張認証データベースを各レコード単位毎に有する認証データベースを備えること
(D)前記拡張認証データベースに連動し各クライアントの接続利用時間に合わせて接続料金を計算して接続度数を逐次更新する課金サーバを備えること
(E)該拡張認証データベースで管理されるクライアントの接続度数がゼロになるまでの間に限りインターネットの接続サービスを提供すること
3 債務者の行為
債務者は、「ゼロ」という名称で、ダイアルアップ方式によるインターネット接続サービス事業を営んでいる。なお、債務者が接続サービス事業の用に供するシステム(以下「債務者システム」という。)の構成については、後記のとおり争いがある。
二 争点
1 債務者システムの構成
(一) 債権者の主張
債務者システムの構成は、別紙イ号システム目録記載のとおりである。
(二) 債務者の認否
否認する。
2 本件発明の構成要件の充足性
(一) 債権者の主張
債務者システムは、本件発明の構成要件をすべて充足する。
(二) 債務者の認否
否認する。
第二 判断
当裁判所は、①債務者が実施している債務者システムの構成及び内容は、債権者の主張するものであると認められず、②進んで、当裁判所が認定した債務者システムの構成及び内容を前提に、本件発明の構成要件と債務者システムの構成を対比してみても、債務者システムは、本件発明の構成要件C、D及びEを充足しないことから、本件申立ては理由がないと解する。この点を敷衍する。
一 争点1(債務者システムの構成及び内容)
債権者は、債務者システムの構成及び内容は、別紙イ号システム目録記載のとおりであると主張する。しかし、本件記録によるも、債務者が実施している債務者システムの構成及び内容が、右主張のとおりであると認定することはできない。したがって、争点1(一)についての債権者の立証がないことになるので、本件申立ては、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
のみならず、証拠(疎乙一、二、八ないし一〇)及び審尋の全趣旨によれば、債務者システムの構成及び内容は、以下のとおりであると認められる。
1 債務者システムにおいては、利用者は、年会費五〇〇円を支払えば、債務者システムの会員としてインターネット接続サービスを受けることができ、その際、各月の利用時間が一五〇時間を超えない場合には接続料を支払う必要はなく、各月の利用時間が一五〇時間を超えた場合には、一時間当たり二〇〇円の接続料を支払わなければならない方式とされている(なお、平成一二年一二月三一日までのキャンペーン期間中に入会する者に対する初年度の年会費は無料とされる。)。
2 利用者が、債務者システムを利用してインターネットに接続する場合の手順の概要は、以下のとおりである。
(一) 債務者システムの会員となって同システムを利用しようとする者は、接続料及びメールアドレス等の有料サービスの利用料等の支払のために、クレジットカードを利用するか、プリペイド方式として、あらかじめ二〇〇〇円から三万円までの金員を債務者に振り込まなければならない。
(二) 利用者は、そのパソコン等により、PHS(簡易式携帯電話)通信サービス、アナログ電話回線又はISDN(総合デジタル通信網)電話回線を通じて、債務者が各地のアクセスポイントに設置したアクセスサーバに接続する。なお、このアクセスサーバは、ターミナルサーバとしての機能と、その他の通信機能とを合わせ持つものである。
(三) アクセスサーバに接続後、利用者がパソコン等からそのID及びパスワードを送信すると、当該ID及びパスワードは各地のアクセスサーバから通信ネットワークを通じて東京に設置された認証サーバに転送され、認証サーバに登録されている利用者のID及びパスワードと一致するかどうかの認証が行われる。
(四) ID及びパスワードが一致した場合、認証サーバはダイヤルアップ接続を許可し、利用者は、債務者システムを通じてインターネットに接続することができる。
3 さらに、前記2(一)においてプリペイド方式を選択した場合、債務者が、利用者に対し、接続料及び有料サービスの利用料を課金する方法は要旨次のとおりである。
(一) 債務者は、認証サーバが管理する利用者の接続記録を参照して、各利用者の各月の接続時間を計算し、一五〇時間を超える時間数(一時間未満は切り上げる。)に二〇〇円を乗じた金額に、有料オプションサービスの料金を加え、これに消費税相当額を加算した金額を、認証サーバの顧客データ中のプリペイド残金から控除する。
(二) 債務者は、プリペイド残金が一〇〇〇円未満となった利用者に対しては追加振込みを求める旨の、プリペイド残金がマイナスとなった利用者に対しては、使用を継続するためには指定日までに入金するよう求める旨の、電子メールをそれぞれ送信する。
(三) プリペイド残金がマイナスとなった利用者について、指定日までに入金がされない場合、債務者は、認証サーバの当該利用者の個別情報の一部を操作して、当該利用者が債務者システムに接続しても認証を行わず、インターネットに接続できないように変更する。
(四) 前記課金処理及び認証停止の処理は、毎月一回、債務者のシステム管理者が債務者本社内のパソコンを利用し、認証サーバに接続してこれを行う。
二 争点2(本件発明の構成要件の充足性)
前記一のとおり債権者の主張は理由がないが、念のため、進んで、右認定した債務者システムの構成及び内容を前提として、本件発明の構成要件と債務者システムの構成とを対比する。
債務者システムは、以下のとおり、本件発明の構成要件C、D及びEを充足しない。
1 特許請求の範囲の構成要件Cに係る部分の充足性
(一) 構成要件Cの解釈
①本件明細書の「特許請求の範囲」に、「各クライアントの個別情報及び予め設定された利用可能な時間を示す接続度数から構成される認証データ」と記載されていること、②「発明の詳細な説明」欄にも同様の記載があること(公報5欄三六行ないし三八行、6欄八行ないし九行)、③同欄に、「接続後は該拡張認証データベースで管理されるクライアントの接続度数が〇になるまでの間に限り、(略)インターネットの接続サービスが提供される」と記載されていること(公報5欄四七行ないし五〇行)、④本件発明がインターネットの時限利用課金システムに関するものであることに照らすならば、同構成要件は、IDやパスワードといった利用者の個別情報に加え、各利用者ごとにあらかじめ設定された利用可能時間を示す接続度数を、インターネットとの接続の可否の判断にかかわる認証データの内容として管理するものであることを必須とする趣旨であることが明らかである。
さらに、⑤本件明細書の「特許請求の範囲」に、「認証データを各クライアント毎に一つのレコード単位として管理する拡張認証データベースを各レコード単位毎に有する認証データベース(略)を備え」と記載されていること、⑥「発明の詳細な説明」の欄に、「拡張認証データベースは、多数のクライアントに対応する多くのログイン名、パスワードといった個別情報や利用可能な接続時間を示す接続度数からなる認証データをログイン名をキーに一つのレコード単位として各クライアント毎に管理してなるものであり、認証サーバにおける認証データベースの一つのレコード単位を、前記多数の認証データを管理する拡張認証データベースから構成されるようにしてなる」と記載されていること(公報8欄六行ないし一三行)に照らすならば、同構成要件は、認証データベースのレコード(記録)単位ごとに拡張認証データベースを設け、拡張認証データベースの各レコード単位ごとに各利用者の認証データを管理するものであることを必須とする趣旨であることが明らかである。
(二) 対比
債務者システムにおいては、前記のとおり、ID及びパスワードといった利用者の個人情報並びに利用者の接続記録の管理は行われているが、債務者システムの認証データの内容として、「予め設定された利用可能な時間を示す接続度数」に当たるものが管理されているとは認められず、また、IDやパスワード等の認証データが、認証データベースと拡張認証データベースによって階層的に管理されているとも認められない。
この点について、債権者は、債務者システムにおいて、月一五〇時間までの利用については別途接続料を支払うことを要しないとされている点をとらえて、右の一五〇時間が「予め設定された利用可能な時間を示す接続度数」に当たる旨主張する。しかし、債務者システムにおいて、利用時間が一五〇時間を超え、あるいはプリペイド残金がマイナスとなった場合であっても、それによって接続が中断されたり、当然に接続を拒否されるわけではなく、指定日までに追加利用料の入金がない利用者について、認証を停止する個別の操作が行われた場合に初めて、接続されない状態に変更されるにすぎない。すなわち、前記の一五〇時間という所定の時間は、代金計算の基準にすぎず、債務者システムにおける認証データの内容として、「予め設定された利用可能な時間を示す接続度数」は管理されていないことを示す。この点の債権者の主張は失当である。
したがって、債務者システムは、「認証サーバに連動し各クライアントの個別情報及び予め設定された利用可能な時間を示す接続度数から構成される認証データを各クライアント毎に一つのレコード単位として管理する拡張認証データベースを各レコード単位毎に有する認証データベース」を備えていないので、構成要件Cを充足しない。
2 構成要件Dの充足性
(一) 構成要件Dの解釈
①本件明細書の「特許請求の範囲」に、「該拡張認証データベースに連動し各クライアントの接続利用時間に合わせて接続料金を計算して接続度数を逐次更新する課金サーバとを備え」と記載されていること、②「発明の詳細な説明」欄に、「インターネットにおける課金システムは、接続の確立と切断の時にターミナルサーバが結果をホストコンピュータに送り、ホストコンピュータで料金を計算してなるものであるため、接続切断するまでその料金計算が出来ない」ことが従来技術における課金方法の問題点である旨指摘されていること(公報5欄一一行ないし一五行)、③同欄に、「本願発明における課金サーバは、ターミナルサーバに対し一定時間毎に各クライアントの接続状況を問い合わせることにより接続時間を確認し接続料金を計算して接続度数を管理するとともに、利用継続の可否を該ターミナルサーバに知らせてなるもの、もしくは、ターミナルサーバから一定時間毎に送られてくる知らせにより接続時間を確認し接続料金を計算して接続度数を管理するとともに、利用継続の可否を該ターミナルサーバに知らせてなるものでもある」と記載されていること(公報7欄四行ないし一二行)、④同欄に、「課金サーバは、ターミナルサーバに対し一定時間毎に各クライアントの接続状況を問い合わせることにより接続時間を確認し、相応する接続料金を計算して認証データにおける接続度数の更新を逐次行う」と記載されていること(公報9欄五行ないし九行)、⑤本件発明がインターネットの時限利用課金システムに関するものであることに照らすならば、同構成要件は、利用者がインターネットに接続中、その接続利用時間に応じて接続料金を計算し、これに基づいて拡張認証データベースにある当該利用者の接続度数を逐次更新する課金サーバを備えるものであることを必須とする趣旨であることは明らかである。
(二) 対比
債務者システムにおいては、前記認定のとおり、拡張認証データベースが存在せず、認証データとして接続度数が管理されていないのみならず、債務者システムにおける課金の方法は、債務者のシステム管理者が、毎月一回、債務者本社内のパソコンから認証サーバに接続し、利用者の接続記録に基づいて、各利用者の各月の接続時間を計算するという方法によって行われているのであって、接続中に料金を計算し、認証データを逐次更新するという方式ではない。さらに、システム管理者が課金処理に用いる前記パソコンを「課金サーバ」ということはできず、他に、債務者システム中に、課金サーバに相当するものも存在しない。
したがって、債務者システムは、「拡張認証データベースに連動し各クライアントの接続利用時間に合わせて接続料金を計算して接続度数を逐次更新する課金サーバ」を備えていないので、構成要件Dを充足しない。
3 構成要件Eの充足性
(一) 構成要件Eの解釈
①本件明細書の「特許請求の範囲」に、「該拡張認証データベースで管理されるクライアントの接続度数が〇になるまでの間に限りインターネットの接続サービスを提供し」と記載されていること、②「発明の詳細な説明」欄に、「接続後は該拡張認証データベースで管理されるクライアントの接続度数が〇になるまでの間に限り、連続使用、断続使用の別あることなくインターネットの接続サービスが提供される」と記載されていること(公報5欄四七行ないし五〇行)、③同欄に、「クライアントが既にログインしていて、現在の時刻が徴収実施時刻以上の場合は、接続時間に相応する料金を計算し認証データにおける接続度数から該当度数分だけ逐次徴収することとする。もし、該接続度数が〇未満となった場合は、ポートをリセットして接続を切断する」と記載されていること(公報9欄二三行ないし二七行)、④本件発明がインターネットの時限利用課金システムに関するものであることに照らすならば、同構成要件は、拡張認証データベースで管理される利用者の接続度数がゼロとなるまでの間に限り、当該利用者にインターネットとの接続を許し、接続度数がゼロとなった場合には、インターネットとの接続を切断するものであることを必須とする趣旨であることは明らかである。
(二) 対比
債務者システムにおいては、前記認定のとおり、拡張認証データベースが存在せず、認証データとして接続度数が管理されていないのみならず、利用時間が月一五〇時間を超え、あるいはプリペイド代金がマイナスになった場合であっても、利用者の接続が当然に切断されるわけではなく、料金納付請求に対し指定日までに入金がなく、債務者において、認証サーバの個別情報の一部を操作した場合に初めて、当該利用者がインターネットに接続できなくなるという方式が行われている。
したがって、債務者システムは、「拡張認証データベースで管理されるクライアントの接続度数がゼロになるまでの間に限りインターネットの接続サービスを提供する」ものではないから、構成要件Eを充足しない。
三 以上のとおり、債務者システムが本件特許権を侵害するとの債権者の主張は失当であり、本件申立ては理由がない。
(裁判長裁判官飯村敏明 裁判官八木貴美子 裁判官谷有恒)
別紙イ号システム目録<省略>